お知らせ 取扱店情報 ネットストア メールマガジン 問合せ カートを見る
2015.04.18 Saturday
おかげさまで備前国総社宮の「いいね」が500を超えました。
このエントリーをはてなブックマークに追加



4月4日時点で「いいね」数が64だった総社宮のFacebookページが、テコ入れ2週間で500オーバーまで伸びました。ありがとうございます。予定というか予想の半分の期間でいけて良かったです。告知の能力を持つ目安としていた500いいねが、イベントに間に合いました。皆様のおかげです。

ナショナルデパートの場合はある程度知名度があって、分布も全国に渡り、何もしなくても「いいね」が増えていくわけですが、ネット展開していない知名度の低い地方の神社のSNS参加の方法については何もわからず、いろいろ模索していく中で、多くを学ばせてもらいました。

「いいね」を伸ばしながらも、コミュニケーションを深めていく、単なる告知ページに終わらせないというのが、スタート時の趣旨なので、引き続き続けてイカンとイケンです。

無名な地方コンテンツを短期間で一気に全国区のニュースソースに引き上げるという、グランパーニュの時から築き上げてきて、ももたんで一応の完成を見た手法が炸裂し、いつもどおり岡山を飛び越えて、話題ではなく「ニュース」にまで持っていけることに手応えを感じました。

ただ、やはり集客は地方に限定されるので、地元メディアにいかに取り上げていただけるかという課題が残っていますが、それは地元の方に任せて、僕は引き続き全国区のニュースにして、情報の価値を高めていきたいと思ってます。



2015.04.14 Tuesday
自費でプロジェクションマッピングやります。で、秀島からのお願い。
このエントリーをはてなブックマークに追加




自費でプロジェクションマッピングやります。

で、ちょっとみんなにお願い。

その前にいろいろお知らせといろいろ。

全国のナショナルデパートファン、そして数少ない秀島ファンの方への限定♡のお知らせです。

遅れに遅れていた新ブランド「KITOKAMI」。

発売日が4月20日(月)に決まりました。





いつもどおり画像をちょっと早めにチラ見せ♡

これはリリース時のメインプロダクトとなる「KAMIDANA」シリーズの「備前国総社宮 拝殿残材 スペシャルエディション」です。

中央奥の紙が巻かれた木札は、備前国総社宮の拝殿建設に使用したヒノキ材の残材(残った材木)を製材して使用しています。限定50本取れるか取れないかという貴重品です。

デザインは左から「太陽」、「雲」、「月」となります。複雑な神道解釈を森羅万象の根源であるこの3つの要素に集約させてシンボリックな意匠として表現しています。

この他にもプロダクトはご用意してますが、ここではこの画像だけ。


焼失した備前国総社宮の御正殿と拝殿の写真
焼失した御正殿と拝殿の写真


前記した備前国総社宮、この神社、平成4年2月16日放火によって御正殿と拝殿を焼失してしまいまして、宮司が人生をかけて再建している最中なんです。しかも、完全なる平安時代の建築様式で再建するという途方も無い計画が進んでいます。そして、平成21年12月に御正殿が竣工し、次いで今年、拝殿が竣工しました。

で、4月29日に備前国総社宮の春季例大祭に合わせて、この拝殿の竣工祭を開催するということになり、それに合わせてナショナルデパートの新ブランド「KITOKAMI」を発表しようと思い立ったわけです。


平安様式で再建された備前国総社宮の御正殿
平安様式で再建された御正殿


でも、どうしてその神社のお祭りに僕が関わっているか、不思議に思う人もいると思います。じつは、備前国総社宮の宮司の息子さんが僕と幼馴染で、小学校1年で同じクラスという関係から、あるとき、お祭りを盛り上げるアイデアを僕に求められたのです。

「それならプロジェクションマッピングやろうぜ!」

と、何も考えずに言ったのは僕。これが2月末。

その日から延々とプロジェクションマッピングの準備や、「KITOKAMI」の商品デザインや製造の手配が始まりました。それに加え、今の神社の置かれた社会的環境の悪化などの現状を聞くにつれ、神社仏閣などの文化施設を維持し後世に伝えるためのソリューション提供が必要なのではないかと思い、「KITKOKAMI」事業をそれに利用しようと考えました。

その第一弾が「KITOKAMI」プロダクトの収益でプロジェクションマッピングを上演し、より多くの方々に備前国総社宮に足を運んでもらおうという計画です。

備前国総社宮のウエブサイトの制作、授与物の企画デザイン、イベントの協力、広報プレスリリース、すべて無償でおこないます。

プロジェクションマッピングの費用、グッズの制作費、今までかかった費用、その他の制作物を外注したと想定した費用を考えると、その額は500万円を超えます。それをナショナルデパートが全額引き受けてこの祭りを盛り上げようと思っているのです。

そしてその費用は売れるか売れないか分からない「KAMIDANA」という無鉄砲ぶりです。いつものことですが。

まあ、なんでそこまで肩入れするの?ということですが、宮司(幼馴染のお父さん)は昔から知ってるし、それに、消失した社殿の再建に残りの人生を賭けている姿を見聞して、そんな男気を聞いて、僕は協力しない訳にはいかないし、協力しなかったら僕じゃないし、お父さんにやっぱ、夢を見せてあげたいじゃない。単純にね。

今ならまだプロジェクションマッピングをやれば、沢山の人が来る、それをお父さんが見たら、たぶん喜ぶだろうなあ、命がけで再建した社殿を多くの人が見てくれる。というそんな単純な考えです。いつもどおりの単純さ。

僕の担当するプロジェクションマッピングは、前夜祭として4月28日の19:00〜21:00まで2時間ノンストップのプレイ、お祭り当日の4月29日は19:15と8:45からの2回上演。映像を担当してくれるのは倉敷芸術科学大学、非常勤講師の佐藤安くん。彼は過去に僕に喧嘩を売ってきたことのある貴重な猛者。殴りあい寸前までいった彼に仕事を頼んだのは、やはり彼も熱い男だから。

プロジェクションマッピングの制作と上演はすべて安くんに任せています。本当によくやってくれている。彼だってほとんど無償に近い形で関わってくれているんだと思う。頭が下がります。

で、ここからがみなさんにお願い。

今日の夕方ぐらいから3日連続でプレスリリースを打ちます。

それをガンガンにSNSやブログやラインでシェアしてください。

あと、備前国総社宮のFacebookページにも「いいね!」をお願いします!

備前国総社宮Facebookページ

イベントのことも知ってほしいし、「KITOKAMI」を多くの方に知ってもらえれば、それだけプロジェクションマッピングの費用が出ます。クラウドファンディングも考えましたが、昨年「ももたん」事業でお世話になっているので、今回は僕の個人的な思いでやっていることだから、ここは僕の責任でやろうと思ってます。ただ、昨年のクラウドファンディング特典の品の余剰が少しあるので、それは今回の費用捻出のために使わせてもらおうと思ってます。

「KITOKAMI」のリリース、備前国総社宮のお祭りのリリース、プロジェクションマッピングのリリース、プロダクトのリリース、といくつかリリースが続きます。すみませんが、ガンガンにシェアしてやってくださいませ。

あと、冒頭の画像、このお祭りのポスターなんですが、掲示してくださる方を募集してます、これはSNSで募集しますので、これもまたガンガンにシェアしてください。

以上、秀島からのお願いでした。



2015.04.14 Tuesday
「生グソ」から見た、地方(岡山)がダメな理由と登用と採用のシステムのマズさ。
このエントリーをはてなブックマークに追加
とまあ、ある検索結果をキャプチャした画像を見てください。

ご存知、秋田のご当地かき氷「生グソ」の検索結果です。

上位には秋田の広栄堂さんの情報ではなく、ウチのももたん生グソ味が出ているのがわかるでしょう。この画像から見る地方のコンテンツ化についてちょっと。

スクリーンショット-2015-04-14-10.53.25.jpg

生グソを作ったのは秋田の広栄堂さん。これは「生グレープフルーツソフトクリームかき氷」の略称が「生グソ」とされたのが始まり。対して、生グソをコンテンツにしたのはナショナルデパート。

知られざる物をその本質や形状や環境を変えずにメジャー化しつつ、そのインディーズ性も担保して広域での認知を向上させるという、新しい広報スタイルのテストパターンだったと思います。

ももたんの売上も上げながら、秋田の知られざる優れた商品を正しく認知してもらう。これが僕の考える地方のコンテンツ化です。

これは、フルーツパフェをコンテンツ化しようと岡山商工会議所に掛けあって門前払いを食らったときに成し得なかったことを、秋田の関係者ご協力の下でやらせてもらった事例です。

「生グソ」というネーミング、かなりエキセントリックです。このワードがネットに上がるたびに炎上します。ウチの問い合わせメールにもバンバン苦情やクレームや死ねというメールがします。

それに対して僕は一件ずつ丁寧にメールを書いて説明します。

「これは秋田で親しまれているかき氷の名前です。私はそういった地方で親しまれている文化を大切にしようと考えています」と。

Twitterで炎上したのは過去に3回ぐらいありましたが、最初は脊髄反射で「ふざけてる!」とか「食べ物の名前としてどうなのか」とか批判が噴出しますが、しばらくすると秋田出身の方や、秋田に在住の方が正しい認識をしてもらおうと説明をしてくださいます。そして「そういうことか」と認識が深まれば沈静化します。この繰り返しが大切なのです。

この炎上と沈静化の繰り返しで「生グソ」というコンテンツの正しい認識が広まるわけです。

「正しい認識」

これが今の地方に足りないことです。

地方の行政や組織は自分が「知ってほしい」ことを訴求します。岡山なら白桃やきびだんごや桃太郎でしょうか。でも、それを何十年も続けていたら、情報は必ず陳腐化します。外部から見たら「岡山はまだ白桃とかきびだんごオシなの?馬鹿じゃねえの?」となるわけです。

情報の鮮度を保ちながら、絶えず正しい認識を広め、それを新しい産業にフィードバックさせていく。これこそが衰退した地方のこれからの発信のあり方なのではないでしょうかね。

とまあ、ここまでマトモなことを書いたので、満腹になりました。

まあでも、ナショナルデパートは岡山の会社なんだけど、どうして岡山の行政はウチの提案を無視するのか、よくわかりませんね。ちょうど二年前、岡山市の推してるフルーツパフェをコンテンツ化しようと岡山商工会議所に掛けあって門前払いを食らったのは、岡山にとっては隠れた莫大な損失なんです。だって、生グソは1年で地方の名物からコンテンツ化できたわけですから。

岡山のしょうもないものをコンテンツ化して全国区にすることは僕一人でもできるわけです。

「知ってほしいもの」を押し続けるのが広報なら、こんな簡単なことはない。「知られざるもの」をコンテンツ化して正しく認識してもらってこそ、衰退する地方、そして陳腐化する地方コンテンツの再興が図られるのではないでしょうか。

こういった岡山の登用や採用のシステムのマズさが地方(岡山)衰退の原因だということをよくわかって欲しいですね。

で、先月も「生グソ」が炎上してて、その結果、ナショナルデパートが盛大にdisられるといういつものパターンで代表的なやつ。






こうこなくちゃいけない。

ナショナルデパートはdisられてなんぼの商売。

で、ウチがdisられているのを見て、嬉しくてしょうがない某メーカーの社長さまが思わず「いいね!」を押してしまうという微笑ましいアクシデントも発生し、この炎上も良き終末を迎えられたわけです。




追記
本文中に事実と違う内容があるとのご指摘をいただきまして。一部削除修正しております。
誠に申し訳ありませんでした。


では。



2015.04.09 Thursday
あなたのやっていることを本当は誰も知らない。
このエントリーをはてなブックマークに追加
発信力は山をも砕く。

でも、その意味すら分からない人が多い。

過信?怠慢?

これは良いものだから売れるだろう、私は頑張ってるから周りの人たちも分かってくれるだろう、これだけのことをするのだから人が沢山来てくれるだろう。

いやいや、誰もあなたのビジネスや、あなたのことなんか気にしてない。むしろこの情報過多の社会ではみんな溢れかえる情報の取捨選択に忙しい。

どうしてみんな発信しないのか、僕にはよく分からない。

僕なんか情報の発信だけで飯を食ってるようなもの。

何をやったか、どれだけ有意義なことをしたか、そんなの自己満足でしかない。

どれだけの人に知ってもらえたか、SNSだけではない、その外側にどれだけリーチすることができたか。

ほんと、そういうことを気にする人はいない。

露出や知名度とは違う、知ってもらうことが大切。

知ってもらう、受け手側からすると「知る」ということはエネルギーを使うこと。相手にエネルギーを使わせて、自分のことを知ってもらう。それにはさらに膨大なエネルギーを消費する。

頑張るだけでは意味が無い。

今ある結果は誰のものか、自分だけのものになってはいないか。

常に自分と社会の距離を感じながら進めていかないと、自己満足だけでは社会と自分の生業との距離は縮まらない。

何かをやることよりも、やったことを知ってもらうことにエネルギーを使いなさい。

だから、あなたのやっていることは、誰も知らないんだ。



2015.04.09 Thursday
森山幸治を応援する理由について
このエントリーをはてなブックマークに追加
新しいことをするっていうのは難しいんですよね。

「目新しいこと」と、「新しいこと」っていうのは似て非なるものでしてね、そのへんの違いが、やってみた後で本当の真価が問われる時に明らかになるんですよ。

目くらましなんて実際には通用しないし、目くらましが通用している時点で、自分の立つ位置はまだ低みなんだと思った方がいいのではないかと思います。

まあ、やりたいことをやり遂げてる奴らは、みんな一人でやり遂げてる。

行政に頼るというのがそもそも馬鹿な話でね、やりたいことがあれば自分でやればいいというのが僕の考えで、それは変わらない。

やりたいことがあれば自分の内臓を売ってでも、嫁を売り飛ばしてでもやればいい話で、実際、僕はそうやってやってきたわけで。

事を起こすには、まあ、それなりに知識も動員もいるし、なにより側を振る者の決意というものがいるわけです。

友人の森山幸治くん(僕は森山さんって呼んでるけど)が市議会議員に立候補してましてね、これが二期目への挑戦ですか。その応援をしようとエントリーを書いてるんだけど、まあ、他の人の応援ブログみたいに、出会った馴れ初めや彼の頑張りにエールを送るなんて、まあ、どうでもいい話なんで。

市議会で「岡山といえばきびだんご」なんて市長が言っちゃうんだから、僕からすると岡山の市会議員なんてみんな死ねばいいと思ってるんですよ。正直な話。

森山さん、一期目四年やってみて、その活動はネットなんかでも読めるんでね、ウォッチしていたわけですが、まあ、特に何かを成し遂げたとかいうこともなく、というか、させてもらえなかったというのが本当のところでしょうか。

なぜ何もできなかったのか、なぜさせてもらえなかったのか、理由はいろいろあるんでしょうけどね、ここに書いちゃうといつもの「インターネット炎上おじさん」になってしまうので控えますが、、、結果として彼の標榜する「新しい何か」を岡山に生み出すことはできなかったというのが、僕の見た森山評です。

「そんなことはない、彼は立派にやっている」と仰る向きもあろうかと思いますが、一般的な普通の大人から見ると、彼は、彼が言うほどの事はまだ何もやってません。

イベントとかの試みはいろいろやってるかもしれないですけど、「新しい何か」はまだその片鱗も見えていないんですよ。ここが大きなポイントだと思います。まあ、他の市議会議員が何かやったのかと問われれば、それは十把一からげで誰も何もやってないということになりますが。

彼に欠けているのは突破力。やりたいことがあれば是が非でもやりゃあいいと思うんですよ。今のように醜い羊の群れを率いて沼地でもがくよりは、ちゃんと実行力のある実働部隊を率いて野良でやってもいいんだと思います。何も市議会議員にこだわる必要なんてない。

僕みたいに、ごくごく普通の田舎のオジさんからすると、彼の元に集まる応援者が特殊でちょっと近寄りがたい感じがします。物事の本質よりもやり方やスタイルにこだわり過ぎている気がして、僕はちょっと敬遠します。

これは僕のような普通に仕事をしている一般人、特に音楽にも興味がないし、特にスタイルにもこだわらない、ごくごく普通の一般人からすると、ちょっと苦手なタイプの人たちがゴソゴソ集まってるという風にしか見えません。

本当に森山さんが先に進むためには、自分の思いをやり遂げるために、今の仲間を平気で捨てられる心を持つことなんだと思う。地域を支えているのはごくごく一般の人たちなのだから。

いつまでも「ごっこ」の続きでは、本当の夢の続きは見られない。

だから、森山さんが本当の第一歩を進める時に、周りのみんなは快く送り出してあげる準備をしておかなければいけないと思います。だって、求めているのは「新しい何か」であって森山さんを応援している自分に酔うことではないのだから。

いまどき市議会議員になろうなんて自己犠牲もいいとこです。そんな自分を犠牲にしても「新しい何か」を地域に生み出したい、根付かせたいと思うのなら、スタイルややり方、果ては自分自身も必要無いのだという境地に立って事を進める必要があります。

まあ、ここまで全否定的に書いておきながら、森山幸治に市議会議員をもう一期やって欲しいと思うのは、彼が本物になれるかどうかを見てみたい、という興味本位なのかもしれません。

森山さんが市議会議員になったぐらいで岡山が変わるなんてまったく思ってないんで、本当の意味で岡山を変えるのは市井に暮らす一般の人たちの営みの結果であって、その道標を指し示す役割として彼が誠心誠意やってくれるのであれば、岡山にとってこんな幸福なことはない。

岡山市北区に住んでいる人たちで「誰に投票しても同じだろうと」お嘆きの貴兄貴女は今回の市議選で森山幸治に投票して、そしてウオッチして、本当に彼が標榜する「新しい岡山」「新しい何か」を実現しているのかどうか監視して欲しい。

できないことばかりを標榜したり、中途半端な連中を率いたりして夢ばかりを見て「新しい何か」を生み出せていないのなら、ハッキリと言ってやればいい。

お前は何のために市議会議員になったんだ。と。

彼はもがいている、最初に書いたように、新しいことをするっていうのは難しい、でも本当にそれを実現するのなら、どんどんもがけばいい。でも、言ったからには男に二言は無いと思って、しっかりと前を向いてやって欲しい。

しかし、前を向いて事を起こすには、今回の選挙に通らなければいけない。

最後に、僕と同じごくごく普通の岡山市民のみなさまへ。

森山幸治くんとその仲間たちはちょっと変わった風貌や行動をとりますが、別に悪い奴らではない。逆にピュアで悪い奴らでなさ過ぎてつまらないところがある。でも、何事も一生懸命やっている。街のことも、文化的な施政についてもよく考えている。

市議会議員レベルでここまでのチームを率いて夢を実現しようとしているのを、僕は他で事例をあまり見たことがない。一期四年でここまでよく準備をしたと感服している。あとは次の二期目で「実現」に向かって直走って欲しい。

「無いなら自分たちでつくる」

これを実行してきたのは他ならぬ僕だ。

岡山の政界・財界・メディアを全部敵に回してもいまこうやって立っている僕が言うのだから間違いない。

僕を応援してくれる岡山のみなさん。森山幸治を応援してやって欲しい。僕はみなさんの応援で、僕の思う世界を実現する術を持った。しかし彼はその術をまだ持っていない。

本当に彼が「新しい何か」岡山に新世界を築けるのかどうか、僕は大いに期待をしてみている。

森山幸治に一票を入れてあげてください。

よろぴく。

ナショナルデパート株式会社
代表取締役 秀島 康右


森山幸治ウエブサイト
Facebookページ



2015.04.08 Wednesday
神道におけるアクティベートとイニシャライズ
このエントリーをはてなブックマークに追加
「なかとりもち」

神職の仕事は、神と人との仲立ちをする役割ということで「なかとりもち」と言う言葉で表されることがあるらしい。

これは目に見えない行為で、それが実際にあるかないかは心の持ちようなんだと思う。KITOKAMIはこれをどうにか可視化して手の中に収まるように工夫しないといけない。

神事や祈祷というのは神の世界へのログインであって、神主は物理キーの管理者、物理キーは榊、御幣、玉串とかになるんやろうか。

お祓いを受ける者の名はアカウントで、神主さんのあげる祝詞は神にログインするためのパスワード、祝詞の中で「◯◯◯◯申す〜」というのは何かの宣言文なのかもしれない。

授与物であるお札やお守りも、お祓いを受けて授与されるお札に名が記されているものは「イニシャライズ」、お清めあるいはまとめてお祓いされたものは「アクティベート」、ということができると思う。

お札もお守りも、ただの木の板や布製の小袋なんだけど、お祓い中の祝詞によって宣言されたなんらかの変数に値(名前)が格納されてイニシャライズされたり、お清めをしているときに物理的に認識・識別されることで意味あるものへとアクティベートされているのではないかと。

とかよくわからんことを考えながら、そろそろ寝ます。



2015.04.02 Thursday
ブランディングなんて言葉はそもそも存在しないんじゃないかと思った話。
このエントリーをはてなブックマークに追加
ブランドっていうのはスタティック(静的)だということが最近分かってきて、いろいろ思うところが出てきた。

ブランディングっていうのは「活動」になるんで「動的」だと思ってたんだけど、結局のところ、今現在のブランディングという言葉の解釈され方(マーケ側ね)が「広報」の意味になっている気がするんで、それは違うよなあと思ってね。

ブランドっていうのは、「する」ことではなく、「なる」ものだと思っているので、ブランドを取り巻く周辺要素は全てがスタティックなんじゃないかと思った。「なる」ための作業は広報ではなく「構築」なんで、アップデートはあってもそれ自体が変わるわけではないと思うんよね。

不易流行、時代によって変わることは大いにあると思うけど、それはブランドというのが常にスタティックであるから時代の変遷に対して変様することが可能たるわけで、

だから、ブランディングという言葉は、なんか間違っているというか、そもそも存在しないんじゃなかろうかとかね、そういう無駄なことばかり考えておるわけです。

まあ、そういう感じで仕事をしていこうと思った話。

たぶん、それで間違ってないと思う。



2015.03.31 Tuesday
KITOKAMIが始まる朝に
このエントリーをはてなブックマークに追加
KITOKAMI、いよいよサイト制作とブツ撮りを残すのみになった。

これでやっと自分で作ったプロダクトで自分の母親を弔う準備ができた。

今年中には自分の作った位牌に魂を移してやろう。

「あんたの死をきっかけに、新しい商売を始めるで」と母の遺影に言ってやった。

三代の位牌が並ぶ祭壇を見て、

多良間島で教職であった曽祖父、東京に学び金にだらしなかった弁理士の祖父、戦後に児童書の商売で大成功を収めた祖母、武蔵美で学び誰からも愛され美的に優れた母、女で失敗したが知的でチャーミングな慎重派の父、

母の死の際、姉は葬式にも出ず金を持って姿を消し、全てを売り払って逃げたが、僕は三代の家族の能力を全て引き継いで、母の死をして新しいビジネスを始めることができる。

自分が何者であるか、その答えを探すために、僕は仕事をしている。

KITOKAMIについては、みんな目を丸くして驚くが、僕の中で、これから起きる全ては必然。

自分がやりたいと思ったことをやる時期は終わり、これからは、見えない何かが僕を通して世の中に新しいものを生み出させている気がする。

明日の朝にはKITOKAMIが始まる。

そしてあさっての朝には、僕は次の新しい仕事に取り掛かっている。



2015.03.26 Thursday
KITOKAMIがはじまる理由
このエントリーをはてなブックマークに追加


昨年九月に母が亡くなって、四十九日ギリで位牌を探さなならんようになったとき、仏壇、神棚業界の構造的な問題点が浮かび上がった。

自分自身の厄年を機に神社に関わるようになって、初めて神社や寺の置かれた環境を知ることになった。

母が亡くなったとき、姉が葬式にも出ず、現金を持って逃げたのを見たとき、血を分けた姉弟でも、心の有り様はここまで違うのかと知った。

不足ばかりを嘆き、足ることを知らず、誰かを羨んだり、誰かを貶めたり、どうしてこうなったのか。

この世には感謝が足りない。

感謝を通して心穏やかに暮らすためのプロダクト。

KITOKAMI

今月中に正式にプロダクトローンチです。

http://kitokami.com



2015.03.25 Wednesday
あれから二年経ったんだなあというのを忘れてた。
このエントリーをはてなブックマークに追加


気がついたら、癌の告知記念日から丸二年経ったのさえも忘れてた。

もう、いちいち過去の病気のことなんて思い出してられない。

生きてて良かったなんてしみじみ思う時間も無い。

目の前の仕事が片付くことを祈るというのもおかしいけど、全部自分一人でやるという仕事の進め方を選んだ自分を呪いながら、次の仕事、次の次の仕事、次の次の次の仕事、気がつけば来年の仕事の企画を書いては送り、気が付くと次の仕事の催促に追われる。

当月の利益は次月に全部突っ込む。月越しの利益は持たない主義。というか、全部自分で考える、作る、売る、というのを実現するのなら、もう、自分の時間や自分のお金なんて無い。

「仕事があるのは幸せじゃな〜い」

なんて言われるけどそれは筋違い。一般的な「仕事」は受けて納めればお金がもらえる。僕の仕事は思いついて、考えて、形にして、作る段取り決めて、作って、パッケージングして、販路を作るか探すかして、それで最初のひとつが売れて始めてお金がチャリンと入ってくる。

そんなん、もう、幸せとは無縁な生活。面倒くさいけど、嫌いじゃないし、アタマが悪いのでこういう仕事の仕方しか考えつかなかった。

ただそれだけ。

でも、まあ、二年経ったんだなあ、と。



<<前のページ  3/57ページ  次のページ>>
title2015.png



  • 秀島康右プロフィール


  • 作業用リンク
  • Amazon.co.jp
  • ビックカメラ.com
  • 楽天カード
  • 艦これ
  • 印刷の通販 グラフィック
  • 楽天市場
  • 楽天トラベル
  • 日本旅行
  • ロリポップ!
  • ASKUL
  • cotta
  • ダイレクトフードプリンタ
  • 3Dプリント