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2015.09.15 Tuesday
ふた親ともに死んで、いままでの人間関係が全部切れたとしても、生きていける準備をしていた。
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最近ワイフとよく話すのは、いままでよく生き残れたな、ということ。

余計な敵を増やし、あたりかまわず喧嘩を売りまくり、好き勝手に生きる。普通ならあのタイミングで詰んでたよね、という喧嘩イベントが数ヶ月に一度の頻度で発生する。何も岡山に帰って来てからそういう事になったわけではない、都内で仕事をしてた時もよく喧嘩をしていた。

ふと思い返してみると、喧嘩する相手にはただひとつの共通点があることが分かってきた。それは、







2015.09.14 Monday
売れる売れないのかすかな違い
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パンを専門にやっていた10年間は、

「なんでナショナルデパートのパンは売れないんだろうねえ」

とよく言われていた。


ももたんをやり始めてからは、

「どうしてあんなものが売れるのか、分からない」

とよく言われる。


面倒くさいので、最近は一言でピシャリと答えるようにしている。

“いいもの”と、“売れるもの”は、違う。


パンを専門にやっていた10年間、売れない期間も長かったけど、後半は催事やイベントを駆使して、小さいながらもいわゆる繁盛店とされる売上の水準までは無理矢理に持っていった。売れないとされる商材を売るということにカタルシスを感じていた。

ただ、そういう個人的な想いでやっていけたのは、この先も長く生きるという前提があったればこそ。自分にガンが見つかってからは、自分の死後もワイフが食えるようにと、ちゃんと売れる商品を作る必要に迫られた。それも短期間に。

じゃあいま、ももたんが売れているからといって、パンをやめるのかと言われれば、パンはやめない。30歳のとき、パンは生涯焼き続けると決めて始めたことだ。いまはスタッフに任せているけど、パンが僕の中のスタートであり、いまでも、商品作りの考え方の基本になっている。

売れるか売れないか、企画を考えている間に答えがかすかに出てしまうこともある。だけど、企画も通っていて、相手先もいる場合は止める訳にはいかない。企画中に迷いが出た時は、だいたい売れない。だから、売れないことを見越して、同時に売れる商品を準備してカバーするようにしている。

だからいまでも、売れるものと売れないものがゴッチャになっている。

売れるか売れないかのかすかな違いは、頭のなかに経験として蓄積されたもののような気がする。これはいい出来だ、素晴らしいレベルに仕上がった!と喜んでいるうちは売れない。アイデア出しから難産で困り切った挙句にひねり出す「売れる」感触。このほんの些細な機微だけで売れるか売れないかが決まる。

なんで売れるか売れないかの差が「かすかな差異」なのか、それは売場でお客さんが商品を見て買うかどうかを決める判断が一瞬だから。長い時間をかけて作ったものが良いものではなくて、お客さんが買うかどうかを悩んでいるときに、心に訴える何かが、心に刺さるかどうかだけで決まっているようにも思う。

だから10年間改良し続けたパンより、一瞬で思いついたももたんの方が売れる。違いはわずかなんだけど、結果は大きく変わる。あんなもんが売れるなんて理解できないとよく言われるが、誰も他人がどうやってものを買うかなんて真理は分かりっこない。



2015.09.14 Monday
僕が15年の封印を解いた理由。現時点での現年齢、現経験値のアドバンテージ、という幸せを噛みしめている。
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画像はパンチラ女子高生。

新しいサービスを作るのに、昔だったら人手も予算も必要だったものが、今では最小限の人数で、予算もほぼほぼかからなくて作れるという、いい時代になったもんだなと。

最新テクノロジーともなれば、今は昔よりも予算も人手もかかるのかもしれないけど、ゲリラ戦で戦うには、この20年で今が一番良い時期なのではないかと思ってる。

僕が現役の頃、17、18年前だと、ある程度の人数のチームで数ヶ月、予算も1千万オーバー、という感じで作られていたものが、今なら、ASPで月額数百円とかで利用できるサービスで代用できたり。

そういうのを見ていると、若い頃は予算も技術もなくて不可能と諦めていたことが、オッサンになった今なら、アイデアとフィニッシュまで持っていける技術さえあれば、タバコ銭程度の出費で、ある程度のところまでは作れてしまう。それも1人で。数日で。

そう思うと、現時点で、若いころにある程度の知識や技術を身に付けていて、ネット黎明期から20年の間に社会経験を積んでいて、ある程度の立場で自由に使える時間がある、となると、だれでも簡単にサービスをローンチできる世の中になっている気がする。

あとは、やるか、やらないか。だけ。

儲かるか儲からないか、というところだけを気にしなくてもいいという、ある程度の経済基盤も必要だけど、それでも、月に数百円のASPを使って多種多様なサービスを展開できるというのは、それが最初から与えられている今の若い人よりは、別の意味でのアドバンテージがあるんじゃないかと思ったりする。

枯れた技術、枯れた思考、それを経験で埋めて、さらには現在の安価なASPインフラに頼ってしまえば、僕のような、ある意味で“済んだ”オジサンにでも、コトを始めるチャンスは作ることができる。

縦軸のスケールが難しくなってきた今、横にスケール可能な業態を掘り起こして、それをいかに安く、早く、尖ったままで社会に放出するか、そこにこそ、我々オッサンの役どころとなるんじゃないかと。

インフラが劇的に安くなって、僕は15年の封印を解いた。オッサンになったので、頭の回転は落ちているけど、それでもそれを補って余りあるだけの経験がある。そういう感じで、現時点での現年齢、現経験値のアドバンテージ、という幸せを噛みしめている。
JUGEMテーマ:今日のこと





2015.09.12 Saturday
【朗報】ランボー怒りの銀行振込!プロジェクションマッピングの費用を全額支払い完了。
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プロジェクションマッピングの費用、全額支払い完了。。。

岡山駅の集客低下で夏前に資金がショートして、支払いの遅延やらなんやらでマイナス300万まで膨れ上がってしまって、会社ヤバい。。。となってたけど、取引先様のご協力や、支払い計画の見直し、夏の販売店様のバックアップなどがあって、給料も払えたし、なんとか短期間でキャッシュフローも正常化に向かいました。

おかげで春にやったプロジェクションマッピングの未払も、すべて全額振り込めました。。。安くん遅くなってすまんかった。。。

m(_ _)m

今回はさすがに家を売ろうかと思ったり、会社から振り込んだ金を姉に持ち逃げしたことを恨んだりしたけど、でも、まあ、過ぎたことよと思って必死でやってたら、ギリギリ首の皮一枚で助けてもらいました。。。

ご報告まで。



2015.06.23 Tuesday
第四章の扉を開けるかどうか
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岡山に帰ってきて、前職を1年やり、カフェを2年やり、パンを10年やり、お土産を2年やり、というスパンでやってきて、カフェを第一章とすると、次の事業は第四章ということになる。

食べ物が一番向いてないだろうということで、これまでの仕事をやってきたんだけど、未だに向いてるのか向いてないのかよう分からん。

さっきもスタッフに相談してて、そろそろ次に行ってもええすか?と、聞いたんだけどね。

ていうか、スタッフは優秀だから、すでにもう完全に僕の手から離れてるんよね。ここまでの仕事は。

年間通しての商品計画も出揃い、というか、商品作りすぎて売場が狭くて全部置けないんよね。何事もやり過ぎる。反省。

で、まあ、第四章の扉を開けるかどうか、そこが悩みどころで、そこが、僕の今後の人生を決めるんかなあと思ったり。

僕の出来る範囲の食べ物はもうこれ以上することがない。これ以上やろうとすると、規模を大きくせんといけんなん。あんまり持つ経営は向いてないからなあ。。。

というね。



2015.06.10 Wednesday
ライク・ア・ローリング・ストーン
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どうにも心が晴れなくて、ここ数週間は鬱々としていた。

自分がやっていることが果たして意味があるのかどうか、何の意味があるのか。やったことの成果は出ているのか、それを正しく認識してもらえているのか。心ない人間に自分の心を蝕まれていないか。自分の凶器のような言葉で人を追い詰めるのは果たして意味があるのか。

ストレスが極限にきているのは自分でも感じていた。自分の中で正しいことをしていたはずなのに、いつの間にか自分の心がそれを正しいのかどうか迷い始めている。仲間だと思っていた人に後ろから刺されるようなことをされて心が傷ついて化膿し、どんどんと膿がたまっていく。心が腐っていく臭いがするのよ。

何のためにやってきたのか、自分を疑い始めたらもう終わりなんだと、そういうことに気づいてはいたけど、自分を疑い始めたら終わりがないっていうのをしばらく忘れていたわけで。

他人から見れば、うまくいってるかもしれない。でも内情は火の車。普通にアルバイトしてるほうが気楽でいいくらいに逼迫している。でも、どうしてそれを続けていくかといえば、それは、もう、僕の人生が自分では決められない運命みたいな領域に入っているからで。そういうことを受け入れないと、定められた役割に抗ったところで、また引き戻されるだけ。

9年前にパリで売るんだと心に決めた女王製菓も、去年にはル・ボン・マルシェで販売したし、今年はヴェルサイユ宮殿公認コラボという夢を果たした。いろんなメディアが取り上げてくれたし、取材の依頼は今もある。ただ、10年前からずっと心の中で影を落としている、岡山のメディアに取り上げられたい、という思いは遂げられなかった。

僕は心を入れ替えて商工会議所の記者クラブにプレスリリースの投げ込みに行った。もう2日経ったが連絡はない。性急なのかもしれないけど、ヴェルサイユ宮殿とのコラボなんて、岡山にいる連中ではほぼ不可能なレベルだ。僕はそれを遂げたという自信を持っていた。でも、おそらく岡山の新聞にこのことが載ることは無いのだろう。

東京で売れ、パリで売れ、ヴェルサイユ宮殿とコラボレーションしても、岡山の新聞に載れない。僕のやってきたことは、岡山ではチンカスみたいなもんだったんだな。僕はずっと岡山のメディアを恨んでした。でも、それは間違いだったと気づいた。僕が目指すところを間違っていたんだ。

晩飯を食い終わって、僕はワイフに言った。

「もう、全部やめよう」

家も売って、会社もたたんで、始めかけている新しい事業を二人で細々と始めよう。ここまでやっても、ヴェルサイユ宮殿とコラボレーションしても、きびだんごの新商品のニュースに勝てない。僕の努力はこの地ではあまりにも無意味で無価値だった。音を立てて心が崩れていく。岡山の人たちは俺が死ねば満足するのかな。いっそ死んでやろうかと思った。もう、心が保てない。

岡山の会社をたたもうと、ワイフと話をしに近所のカフェに行った。

もうやめたい、心が折れてしまった。

カウンターにいた流しのCD屋さんが帰るのをつかまえて話を聞いてもらった。心を許せる数少ない人。取り留めもないことを話したり、悩んだりしていることを話したり、深夜にずいぶんと引き止めてしまった。折れていた心が少しずつ張りを取り戻していく。

流しのCD屋さんが最後に言った。

「ライク・ア・ローリング・ストーン」

そう、僕は岡山では落ちるところまで落ちた。でも、同時に世界に一番近い入り口にたどり着いた。岡山で心も財布もボロボロになって、もう立ち上がれないところまで追い詰められても、東京の仲間や取引先や世界の仲間が助けてくれる。

最後の力を振り絞って立ち上がるんだ。

もう、岡山の人たちに期待はしない。理解してもらおうなんて甘い期待は持ってはいけない。僕はもう、ここの人ではないんだ。望まれる場所で、望まれるレベルの仕事をしよう。岡山で地の底まで落ちたなら、次には世界が待っている。それを知っているのは僕しかいない。



2015.06.02 Tuesday
僕がそれをやるかやらないかを決める基準。
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昨日の記事、文化と商品、商品と消費、消費と文化について。で書いたのの続き。

新しい商品を作るときの発想は?

という質問をされて、僕の答えは「あいつを殺す」という怒りのエネルギーかなと答えた。ほとんどそれ以外に無いかもしれない。着想の契機はもっと違うところにあるかもしれないんだけど、ぼやっとしたイメージから商品化へ進むトリガーはいつも怒りのエネルギーだったりする。

で、昨日、御朱印帳の話になって、僕はいま神社のことに関わっているので、昨今の御朱印帳ブームは知ってる。でも、どうしてやらないのか、その理由は明確にあって、それは、今の御朱印帳ブームは流行、傾向、動向のレベルであって文化とはかけ離れているから、僕がやる価値がないということになる。御朱印帳というのは脈々と続いている文化なんだけど、今、新たに御朱印帳を事業化する、関連商品を開発、市場に投入するというのは、文化派生というよりも流行、傾向、動向を後追いした需要のキャッチアップでしかないというのが、僕が御朱印帳に手を出さない理由。

岡山のお土産業界でいうと、土産業者、きびだんごメーカーたちが、かなりももたんを意識した行動に出ていて、パッケージデザインも、商品のポーションも、商品カテゴリーも、かなりももたんに寄せたものを各社企画しているらしい。これは完全に後追い製品開発。他社(ウチのことね)の動向を意識して「ウチもあれがやりたい」という気持ちがトリガーとなっている。ようは意思決定の促進が内部ではなく外部からの刺激で起きている時点で商品開発としては失敗のフローに入っている。売れたとしても、それは文化になりえない。

僕は、何かをやりたいと思った時、それをやりたくなった理由はなにか、どうしてそれが自社に必要なのか、社会にとってそれがそこから始まる文化の起点となるか、そういう視点で考えている。

誰かがやったから羨ましくなるという考えは持たない。だから真似はしない。真似をしないことの理由は、なにもブランドとしてのパーソナリティを保つためにするのではない。単に他者の真似をする理由がないからだ。真似をしなくても自社でオリジナルを出せるのであれば、特に他の成功例を見て真似る必要がない。

苦労の末の製品開発。という考え方が蔓延してるけど、製品開発に苦労なんて本来は無い。製品開発に苦労している事業者はそのほとんどが家族企業の継承者(跡継ぎ)だったりする。製品開発に血の流れは無関係だ。だからいま、岡山の土産やは苦しんでる、そして、ももたんを真似しようとする。

僕は今の商品をつくるために、約20年間考え続けてきた。1日24時間。ウチの商品を構成している要素はそれぞれが複雑に絡み合っている。それを紐解くにはやはり20年間かかるのだと思う。表面を真似しても、同じようなものを作っても、この二年のウチのロールモデルを踏襲することは不可能。

そういうアドバンテージを得るには、自分がそれをやるかやらないかを決める基準を明確にして、それを厳守することが不可欠になる。そういう覚悟がないと、おそらく、これからの未来に訪れる焦土の中で立ち続けることは出来ない。



2015.06.02 Tuesday
文化と商品、商品と消費、消費と文化について。
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新宿伊勢丹1階のザ・ステージで展開された、ヴェルサイユ宮殿公認ブランド「ROSA COMTESSE」のポップアップストアにて。女王製菓のヴェルサイユ宮殿版もここに並んだ。画像はクリエイティブ・ディレクターのエリザベット・ドゥ・フェドーさんとヒデシマのスナップ。とても素敵な方でした。女王製菓とコラボレーションしていただいて、本当にありがとうございました。

というわけで、文化と商品というね。

商品というものについて、ふたつの考え方があるということを僕は知っている。

ひとつは最近の日本式の考え方。ただ売れるものを作るということ。それが正義だという考え方。マーケティング、流行、対象コミュニティの嗜好性、そういうのを加味して商品は作られる。売れそうなものを作る。売れないと意味が無い。このへんやっとけばあのへんに売れるだろう。A需要とB需要をミックスさせる。生産設備の稼働率を上げるために消費者を煽動して価値はないけど売れそうなものを作って捌く。このへんに需要があるんじゃない?これだったら金出すやついるじゃん?出資募るからパイロット版作って生産はどっかに投げちゃおうぜ。という考え方。

対してもう一つの考え方は何か。

それは、いま作らなければいけないものを作るということ。

いま作るべきは何か、いままで作られなかったものを今こそ作る。これを作ることによって文化の一部分になる、文化の一端を担える。新しい文化の発祥となる。文化とは何かを提起できる。とかいうね。

文化と商品と消費の関係。

1)
文化→商品
文化←商品

これはあると思う。文化から発生する商品、商品がトリガーとなって発生する文化。間には流行、傾向、動向がからむ。人の思考を具体化したものが商品なら、人の思考の集合が文化。なのか。

2)
商品→消費

すべての商品は消費される。

3)
文化≠消費

文化は消費されない。文化=消費だと勘違いしていることが多いけど、消費されるのは文化まで昇華しなかった流行、傾向、動向。これは行動的なものなので消滅する。対して文化は意識の集合だから消滅しない。

4)
文化=商品

先に書いた「いま作らなければいけないものを作るということ。」この考え方は、この文化=商品という仮定で成り立つ。これはもしかすると「文化(商品)」なのか「商品(文化)」なのか、これがどういう成り立ちで商品が出来たかという流れの中で決まる。

ヴェルサイユ宮殿公認ブランドという考え方は1)であり、4)であるということ。ウケるかウケないか、という考え方に立つのではなく、それが文化に寄与するか、それが文化を反映しているか、そういう考え方のもとに立つ。

自分のパターン的にはどれが近いか、そういうのを当てはめてみても良いかもしれない。まあ、どうでもいい話なんだけど。



2015.05.15 Friday
あなたは僕を知っているかもしれないが、僕はあなたのことを知らない。
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ネット使い出して長いので、まあ、慣れてる方なのかと思いながらいろいろやってるのですが、お会いしたことのない方からのメッセージは、今後はちょっとやめようかと思っています。やはり、ネット上でメッセージをやるだけでは知り合いでも何でも無い関係だと思っていますし、ましてや友達なんかではありません。

ネット上だけのやりとりをしていると、なぜかみなさん僕にアドバイスをしたくなるようで、それはあまり気にせず受け流していたのですが、僕も無駄に忙しい身なので、カチンと来ることがあるわけです。僕は専門でもう10年以上やっているわけですから、安易に自分の気持ちや提案をぶつけられても、それに応える時間が惜しいわけです。

言ってみれば、会ったこともないのに複数回メッセージを送ってくる方は、僕の仕事の時間や、貴重な休憩時間を奪っているわけです。これはよく理解してください。

でも、メッセージのやり取りを完全に否定しているわけではありません。

たとえば今日、お会いしたことのない方で同じ病気の方からメッセージを頂いて、やりとりさせていただいたのですが、それはシンパシーを感じるので、僕も普通にやりとりできます。

でも、そこからのやりとりも、2,3回ぐらいが適当なのではないかと思っています。そこからメールのやり取りが延々と続くことは僕の中ではありません。

もう、最近は知らない人からの礼儀のないメッセージやメールがキリが無いくらいに送られてきて、それに対処する時間だけで一日あたり数分から数十分つかっているわけです。

わかりますか?

あなたは僕を知っているかもしれないが、僕はあなたのことを知らないんです。

そんな知らない人の余暇時間の暇つぶしのために、僕は仕事の時間を使わなければならない。

SNSで叩いてもらって結構、どこで騒いでいただいても結構、もう、そういうことにかまって消耗している時じゃないというのを理解していただきたく、失礼とは思いながらもこうやってブログをかいた次第でございます。


だから突然ブロックされても怒らないでね♡



2015.04.20 Monday
15分で誰でも有名人になれるだろう
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死ぬほど仕事が溜まってるんで、総社宮の拝殿竣工祭プロジェクトは運営チームに託して、僕はちょっと自分の仕事に戻らせてもらうことにしました。あとはプロジェクションマッピングのムービーのクオリティチェックをしたりするぐらいでしょうか。28日に放映するオープニングムービーを僕が作ろうかと思ってます。20年ぶりなのでちゃんと作れるかどうか心配ですが。

今回の僕の仕事としては、プロジェクションマッピングの手配と費用の支払い、総社宮のホームページを作ることと、氏子さんとコミュニケーションが取れる段階までFacebookページを整備して「いいね」を500まで増やすこと、あとはプレスリリースで全国区のニュースソースにすること、総社宮を取り巻く全てのデザインを整備してブランディングの基礎をつくること。これが僕の役割でした。

お金はこれからKITOKAMIで稼ぐとして、プロジェクションマッピング以外のことについては自分でやれば数十万〜100万で出来ることなので、まあ片手落ちで居眠りしててもできる。いつも仕事でやってることなので、もう方法論も出来上がってるので難はなかったです。とは言っても、ただ時間がなかったのでほとんど不眠不休ですが。

「15分で誰でも有名人になれるだろう]
In 15 minutes everybody will be famous.

これはアンディ・ウォーホルの言葉。

真意についていろいろ質問されて、嫌気が差したウォーホルが言った言葉らしいですが、この言葉の意味を僕なりに考えていて、それが今の僕の広報スタイルになっているのかもしれません。

総社宮の拝殿竣工祭は当日の運営や神輿渡御など、その根幹を成すところを東京チームが担っています。祭り当日の運営スタッフも東京から来ます。信じられないことに、岡山の神社の祭りなのにほとんどが東京頼みなんです。

そういうところがやはり岡山の弱いところなのかなあとずっと思ってましたが、今回祭りの準備に携わってみて、やはり、岡山は根本的に人材不足なんだなあと痛感しました。

総社宮もKITOKAMIも全国区のニュースソースになってくると思います。でも、岡山のメディアも、岡山の人たちも反応が鈍く、ちょっとイラッとはしました。出店の参加を嫌がる店も多く、ガッカリすることも多かったです。

とはいえ、僕も岡山レベルの人間ではないので、ほぼ東京チームとして基礎を作った総社宮の竣工祭、あとは、岡山チームの頑張りが必要になってきます。当日フル稼働になるであろう禰宜の頑張りと、安くんがムービーのクオリティをどこまであげられるかが勝負だと思います。

岡山レベルで終わってしまうのか、それとも今までにないクオリティを岡山で実現できるのか、ゆっくりと見守りたいと思います。



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