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2015.10.01 Thursday
僕は30代に何をしてきたか(1)「絵本を描くということ」
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ナショナルデパートの絵本


というわけで、過去にいろんな物を作り、そしてハズし、そして損をこく。倉庫に眠る数々の夢の残骸を整理していこうというこのコーナー。ナショナルデパート、夢の残骸の発掘調査です。ではないですが、20代〜30代でなにを作ってきたか、それがどういうふうに今の自分の仕事に影響を与えているかをみてみました。
「ナショナルデパートの絵本」

絵本はいままで12作ほど描いてます。最初は2006年のクリスマスのイベントとして、パンにバンドルするオマケとして制作していたんですが、そこから毎年描くようになり、そして毎月描くようになりと、思いつくたびに描いては製本までフィニッシュして、パンとセットにしてECサイトで販売していました。それなりによく売れていたような記憶があります。

2006年というと僕が30代アタマの頃ですね。約10年前。40歳までの10年間をどういう仕事をして過ごしていこうか、すごく悩んでいた時期だと思います。それまでのカフェから、パンを主体とした店に転換して、そして、自分がパン屋にあまり向いていないということに気づいたぐらいでしょうか。かなり頭を悩ませていました。

もともと商売人気質でない男が、岡山に帰ってきて商売をしなければならないという境遇になり、それでもやっぱり商売が向いていないという「闇」を抱えてしまい、それを解消しようともがいて、商品ではない、表現をもって自分の何かを開放しようとしていたと思います。

よく見ると、絵本のキャラクターに見覚えがあります。そうです、この頃に描いていた絵本のキャラクターが今の「ももたん」のキャラクターの元になっているわけです。数年間ずっと描いていたので、頭のなかにキャラクターの設計が出来上がっていたんでしょうね。だから「お土産を作ろう!」と思い立ってすぐに数分間で「ももたん」のキャラクターが生まれたのだと思います。

なにごとも、思いついてすぐに形になるということは少なくて、やはり、何年も頭のなかで想像を膨らませて、かたちにして、ストーリーを描き、デザイン作業を通してフィニッシュまで持っていった経験は、今でも僕の腕力になっている気がします。


ナショナルデパートの絵本「元はひとつの大きなパン」



「もとはひとつのおおきなパン」

最初の絵本を描いた翌年の2007年、僕のパンの世界観を絵本にした「もとはひとつの大きなパン」を描きました。これが僕の中で「絵本」でしか表現できない何か、の存在を気づかせる重要なポイントとなっています。主人公が他の登場人物とどのように関係して、その関係がストーリーとどのようにつながっていくのか、そういう組み立て方が僕の頭の中に芽生えた瞬間です。

これらの絵本は直接収益につながることはありません。描いている当時も、これで儲けよう!とか全く思っていなかったと思います。でも、いま思うと、クライアントワークでは経験できない、直接収益につながらないことでも、いまの仕事を形成する基本となる部分になっているなあと。

「作る」という行為が「仕事」になって、それが「事業」となるまでには、やはり時間がかかるのだと思います。でも、「作る」ということで身を立てていこうというのなら、テクニックだけではなく、やはり生活の中に、自分の時間の中に「作る」ということをしっかりと結びつけていないと、いざ作ろうと思っても、身体に刻み込まれていないことはすぐには形にできないものです。


ナショナルデパートの絵本「くちばしとてのひら」


「くちばしとてのひら」

そして、「もとはひとつのおおきなパン」を描いた翌年の2008年、「くちばしとてのひら」を描きました。ここで僕の絵本の基本構造になる「八五調」の文体が完成することになります。この作品から、「四四五」の節回しで書かれるようになりました。ひらがなだけで表現しながら、絵をながめるスピードと一緒に文章が頭に入ってくるのは、この「八五調」がすべての基本になると考えました。

以下、代表的な「八五調」の歌である「かわいい魚屋さん」の冒頭の詩をみてみましょう。

「かわいい魚屋さん」
作詞:加藤省吾 作曲:山口保治

かわいい かわいい さかなやさん

ままごと あそびの さかなやさん


昔の名作と呼ばれる歌や絵本は「言葉」を大切にしていました。いまは絵の面白さやストーリーそのものを読みこませるものが増えているようですが、何十年も愛される絵本や童謡は節回しを大切にして、印象に残る文章であるというのが僕の考え方です。

僕の考える良い言葉とは、跳ねたり飛んだりしないまま、一定のリズムで流れていくものなのではないかと考えています。そのリズムが心の中にすーっと入ってきて、心の中がしばらく言葉で満たされるものなのではないかと。

そういう観点からすると、いまの僕が書いている「ももたん」のリーフレットの文章は、絵本を書いている頃の僕とは違う考え方になっているかもしれません。この2年ほどは売ろうとするがあまりに、キャッチーな方言や、面白おかしく表現しようとするのが先行していました。

こうやって振り返ると、もう一度、言葉の持つ力を見直してみようかな、なんて思いました。

最後に、2006年、最初に描いた絵本の説明はこんな感じでした。


絵本「フラワークリスマス」
かわいい小さな女の子が、となりまちのおばあちゃんのところへお花と焼き立てのパンを届けるおつかいに出かけた先で、頭に雪の積もった“おじさん”という妖精と出合います。 かわいそうにと思った女の子はおじいさんにマフラーをあげてしまいますが。。。 2006年に発行されたナショナルデパートの絵本、記念すべき第一作品目で合計1万部を発行して全てを無料で配布しました。分け合うことをテーマとした絵本はここから始まったのです。

分け合うことの尊さを伝える“ひらがなの本”
分け合うというのは多くを持った中(人が)から誰かに何かを与えるということばかりではなくて、少しずつ持ち合う人々が少しずつ融通し合うということだったりします。 融通し合う、都合し合う、というのはお互いに余裕を持っていなければなかなかできることではありません。 現代社会に住む私たちは、昔に比べたら多くの“モノ”に囲まれているかもしれません、でも両手に持ちきれるモノには限りがあるというのは昔も今も変わらないのだと思うのです。



絵本を書き始めてから約10年の時間が経ちました。ここ数年は描いていません。

僕の中でなにかを「作る」ということはどのように変わってきたのでしょうか。もしかしたら変わっていないかもしれないし、もしかしたら変わっているかもしれない。でも、今の自分の仕事の大切な部分は、10年前のこの絵本が元になっていることは確実に見て取れます。

今の日本国内では、若い世代を中心に「モノからコトへ」という風潮があります。経験や体験、コミュニティの取り組み、ワークショップなど、モノを中心とした近代的生活様式の考え方から脱却して、精神的社会へ移行しようとしているようにも見えます。経済成長が見込めなくなった日本では、物質的に豊かでなくても、こころを豊かに、という回帰が起きているような気がします。

しかし、他人から提供される「コト」は他人が見たものや、他人がしたことをなぞる追体験でしかありません。「モノ」がないがしろにされる風潮において、膨大なエネルギーを費やして生み出された「モノ」でしか伝えられない「コト」があると思っています。

僕にとって、絵本を描くということは、日本語で表現するための大切な練習だったのかもしれません。また、自分の表現方法を広げ、また深める、そして見つめ直すために必要な時間だったのではないかと。

30代、いろいろなものを作りましたが、仕事とも、商売とも違う、ただただ思ったものを作るという作業が、いまの、そしてこれからの事業において、大変重要な役割を担っています。

人が過去にやったことに無駄なことなどなく、やったことをどう有益なことにつなげるかが、おそらく価値を生むかどうかの分かれ目になるのかなあと思ったりしています。



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  • 秀島康右プロフィール


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