2015.06.02 Tuesday
僕がそれをやるかやらないかを決める基準。
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昨日の記事、文化と商品、商品と消費、消費と文化について。で書いたのの続き。

新しい商品を作るときの発想は?

という質問をされて、僕の答えは「あいつを殺す」という怒りのエネルギーかなと答えた。ほとんどそれ以外に無いかもしれない。着想の契機はもっと違うところにあるかもしれないんだけど、ぼやっとしたイメージから商品化へ進むトリガーはいつも怒りのエネルギーだったりする。

で、昨日、御朱印帳の話になって、僕はいま神社のことに関わっているので、昨今の御朱印帳ブームは知ってる。でも、どうしてやらないのか、その理由は明確にあって、それは、今の御朱印帳ブームは流行、傾向、動向のレベルであって文化とはかけ離れているから、僕がやる価値がないということになる。御朱印帳というのは脈々と続いている文化なんだけど、今、新たに御朱印帳を事業化する、関連商品を開発、市場に投入するというのは、文化派生というよりも流行、傾向、動向を後追いした需要のキャッチアップでしかないというのが、僕が御朱印帳に手を出さない理由。

岡山のお土産業界でいうと、土産業者、きびだんごメーカーたちが、かなりももたんを意識した行動に出ていて、パッケージデザインも、商品のポーションも、商品カテゴリーも、かなりももたんに寄せたものを各社企画しているらしい。これは完全に後追い製品開発。他社(ウチのことね)の動向を意識して「ウチもあれがやりたい」という気持ちがトリガーとなっている。ようは意思決定の促進が内部ではなく外部からの刺激で起きている時点で商品開発としては失敗のフローに入っている。売れたとしても、それは文化になりえない。

僕は、何かをやりたいと思った時、それをやりたくなった理由はなにか、どうしてそれが自社に必要なのか、社会にとってそれがそこから始まる文化の起点となるか、そういう視点で考えている。

誰かがやったから羨ましくなるという考えは持たない。だから真似はしない。真似をしないことの理由は、なにもブランドとしてのパーソナリティを保つためにするのではない。単に他者の真似をする理由がないからだ。真似をしなくても自社でオリジナルを出せるのであれば、特に他の成功例を見て真似る必要がない。

苦労の末の製品開発。という考え方が蔓延してるけど、製品開発に苦労なんて本来は無い。製品開発に苦労している事業者はそのほとんどが家族企業の継承者(跡継ぎ)だったりする。製品開発に血の流れは無関係だ。だからいま、岡山の土産やは苦しんでる、そして、ももたんを真似しようとする。

僕は今の商品をつくるために、約20年間考え続けてきた。1日24時間。ウチの商品を構成している要素はそれぞれが複雑に絡み合っている。それを紐解くにはやはり20年間かかるのだと思う。表面を真似しても、同じようなものを作っても、この二年のウチのロールモデルを踏襲することは不可能。

そういうアドバンテージを得るには、自分がそれをやるかやらないかを決める基準を明確にして、それを厳守することが不可欠になる。そういう覚悟がないと、おそらく、これからの未来に訪れる焦土の中で立ち続けることは出来ない。



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  • 秀島康右プロフィール


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